IMMORAL 踏み外した道
「ところで水さん。今週末ってお暇だったりしませんか?今まで水さんとお出かけとかした事無かったので、お茶でもしないかなぁって思ったのですけれどだめですか?」
突然ですが私の一世一代の大勝負です。
正直に言います、私は女の人が好きです。小・中・高・大全て女子校で育った私の周りには女の子しかいませんでした。友達の中にはどこからともなく彼氏をゲットしてくる子もいたけれど、私は小学校からずっと一緒だった友達の事を好きになってしまったのです。
周りに女の子しかいないのだから当然だと思いませんか?相手の子も私のことを好きでいてくれたみたいで、ある出来事までは2人で幸せにすごしていました。
「ごめんなさい。お休みの日は家から出ないことにしているの」
私は大勝負に負けたみたいです。
あの出来事以降私は、決して自分から誰かと交流を持とうと思ったことはありませんでした。もう好きな人が傷つくのを見たくなかったからです。それなのに私の周りには友人があふれていました。一定の距離を置いていることが逆に万人誰からでも好かれる要素だったみたいです。
水さんは私のアルバイト先のオーナーです。このお花屋さんは大学と私のアパートのちょうど真ん中あたりにあって、毎日通学で通る場所でした。普段は殆ど笑わない方なのですが、ある日通りがかったときガーベラの花の手入れをしている水さんの笑顔を見て、私は始めて『自分から』お近づきになりたいと思ってしまったのです。
水さんに頼み込んで無理やりアルバイトにしてもらい、半年ほどアルバイトをしています。
「そうですか……。へんなお願いしちゃってごめんなさい。私、仕事に戻りますね」
泣きそうです。自分から動くのはやめようと決めていた私が動いたからこんな事になるのでしょうね。
高校まで付き合っていた彼女はある日突然私を呼び出しました。彼女の親の都合で突然転校しなければならないという事でした。まだ子供な私たちにはなす術などあろうはずもありません。2人で悩んだ挙句、私たちは最悪の方法を選んでしまいました。
『二人で一緒にいなくなれば、私たちはずっと一緒にいられるよね』
なんて安直で子供っぽい考えなのでしょうか。それでもあの時の私たちにはそれが最良だと思えたのです。そして二人で互いの首を切りました。
結果私は重症、彼女はこの世を去りました。お互いに自傷ということで事件にはなりませんでしたが、この出来事の後私は人を傷つける事への恐怖心と、自傷癖から立ち直るのに2年以上の時間を費やしてしまいました。いいえ、本当は立ち直ってなんかいのかもしれません。
「そうですか……。へんなお願いしちゃってごめんなさい。私、仕事に戻りますね」
慌てて手にしていた花束を手に裏まで下がってきてひとりごちてみます。
「はぁ〜……やっぱりだめだったか。水さん私のこと嫌いなのかな」
水さんが何かを抱えているのは私でもわかります。全く人やものと関わろうとしないのですから。それでも私は水さんが『欲しい』と思ってしまうのです。水さんの笑顔が見たい、水さんの体に触れたい、水さんに名前を呼んで欲しい、水さんに『傷つけて』もらいたいのです。
『傷』は相手の存在を自分に刻み込むことができます、亡くなってしまった彼女も私の中に『傷』として一緒にいます。そう考えられるのに今まで時間がかかってしまいました。だから私は好きなものに『傷つけて』欲しいと思うのです。きっとこんな風に考えるのはおかしいのでしょうね。でもいいのです。
私は『道を踏み外した』のですから。
「こんばんわー」
ついにやってしまいました。私は我慢できなくなって水さんの家に押しかけてきたのです。非常識であることは十分にわかっています。それでももう私はこれ以上我慢できなかったのです。
「美智さん?こんな時間になにか用事かしら?」
「夜分遅くに申し訳ありません。どうしても水さんに聞いて欲しい事があって押しかけてきてしまいました。」
もしかしたら、この場で帰れといわれるかもしれません。そうであったら私はお店を辞めようと思っていました。
「何かしら?こんな寒い日にわざわざ来たのだから重要なお話なんでしょう?とりあえずお上がりなさい」
「え?上がってもいいのですか?」
断られると思っていた私は思わず聞き返してしまいました。自分でたずねてきたのに全く変な話ですよね。
「どうぞ。コーヒーくらいは入れるわ」
それでも水さんは相変わらず無愛想です。お言葉に甘えてお部屋に上がると、部屋に何もないことにびっくりしました。あるものは小さなテーブルとベッド、箪笥、本棚が一つづつ。本当にそれしか部屋にないのです。どこに座っていいかもわからないので、テーブルの前に腰掛けることにしました。
「今からシャワーを浴びるところだったの。申し訳ないのだけれど、少し待っていてもらえるかしら」
ブラックコーヒーが注がれた白い無地のコーヒーカップを差し出しながら水さんが言いました。
「わかりました、急にお邪魔してしまって本当にごめんなさい」
「いいわよ。それじゃあ少し待っていてね」
そういうと水さんは洗面所のほうへ消えていきました。手持ち無沙汰になった私は、きょろきょろ部屋を見渡すと本棚に一冊だけ不思議な本があることに気づきました。お花の図鑑が並んでいるなかに背表紙も真っ白なハードカバーの本です。本棚に近づいて見るとまた不思議なことに気づきました。図鑑はすべて外の箱だけで中身がないのです。不思議に思いつつ、白いハードカバーを手にとって見ました。
『ガーベラ・パンジー・山百合……』
それは日記帳でした。でも日記が書いてあるべき部分には花の名前が羅列されているだけでした、古い順にぱらぱらとめくって行くと、ある日からある文字が出てくるようになりました。
『美智さん』
「私の名前……?なんでだろう」
バイトをし始めて1月くらいたった頃の日記でした。そこから次第に、1日の中で私の名前が書いてある日が多くなっていきます。不思議でした。
「私がミスした回数でも数えていたのかな?」
「あなたはそんなにミスをする子だったのかしら?」
急に後ろから声をかけられてドキッとしました。振り向くとそこには、裸で髪を拭いている水さんがいました。シャワーを浴びていたのだからおかしくないのですが、日記を勝手に覗いていたことへの後ろめたさと、急に声をかけられた驚きでしどろもどろになってしまいました。
「み……水さん!ごめんなさい。勝手に日記帳を覗いてしまって」
驚きが去ると、好奇心に負けて勝手に日記帳を覗いてしまったことへの罪悪感が襲ってきました。これでもっと水さんに嫌われてしまうでしょうね。
「いいわよ。私の部屋は何もないし、そのノートだって特に見られて困るようなことはないもの」
ホッとしました。嫌われるのだけは避けられたみたいです。そうすると、今度はなんで自分の名前が書いてあったのかが気になってきました。もしかして、私以外の『美智さん』がいるのかもなんて変な想像まで浮かんできます。
「あのー。聞いてもいいですか?その日記帳は何のために書いていらっしゃるのですか?途中から私っぽい名前もあったみたいですけれど……」
「それはね。私がそのとき『好きだ』『愛おしい』と思ったものの名前がかいてあるのよ」
その言葉を聴いて、私は空まで舞い上がりそうな気分になりました。
「そ……それって私のこと好きってことですか?わ……私とってもうれしいです!実は私もみ……」
「それで用事っていうのは何だったのかしら?用事がないのなら帰って頂戴。明日もお店でしょう?朝早いのだから」
水さんのことが、と言おうとして遮られてしまいました。何で私のことを『好きだ』と言ってくれたのに私の話は聞いてくれないのでしょう。もしかして、ただ仕事仲間として好きだっただけなのでしょうか。そうだとしたら、私は莫迦な子丸出しです。
「え……えっと、実は私も水さんのことが好きで……気持ち悪いと思われるかも知れないのですけれど、顔を見たくなってしまったらもう明日まで待っていられなくて押しかけてきてしまったんです」
言っちゃいました。もう全部勢いです。
「なら私の顔を見たのだから満足よね?早く帰ってちょうだい」
あまりに冷たい一言に、一瞬何を言っているのかわかりませんでした。でも言葉とは裏腹に何かを我慢している今まで見たことのない表情の水さんを見て現実に引き戻されました。
「なんで……なんで言葉では冷たいのに水さんはそんな顔をされているのですか?今にも泣き出しそうな子供みたいですよ」
年上に生意気言う女の子なんて嫌われてしまうかもしれませんね。それでも私は言わなきゃいけないと思ったのです。あの子以外に初めて私が『好きに』なった人が、泣きそうな顔をしているのを放っておけません。
「いいからさっさと帰りなさい!これ以上私の生活を乱さないでちょうだい。それともう明日からお店には来なくて結構よ。お給料はしっかりお家に送るから心配しないで」
「なんでそんなに私のことを拒絶するんですか?理由をおしえてください!」
「貴女はのことが好きだからよ」
とても嬉しい言葉のはずなのに、言葉とは裏腹な水さんの態度に戸惑いを隠せませんでした。好きならなぜ私と一緒にいてくれないのだろう。なぜ冷たくするのだろう。いろいろな疑問が沸いて来て、何から訊ねていいのかわからなくなってきてしまいました
「これで納得して近づかないでくれるならば、明日からもお店に来て頂戴。無理ならばやめてかまわないから」
「詳しくは教えてくださらないんですか?」
「そうしたら貴女は私から離れていくもの」
何を根拠にそんなことを言うのでしょうか。何があっても水さんのことを裏切るなんて事がある訳がありません。
「そんなことありません!私は……」
「じゃあ今私が思っていることを教えてあげましょうか。貴女を『壊したい』のよ」
水さんの口から出た言葉が理解できませんでした。だって、あまりにも綺麗な微笑みだったからです。今まで我慢していたことをすべて吐き出して、本音をはじめて語ってくれた水さんの顔が綺麗過ぎて言葉をうしなってしまったのです。
「ほら、やっぱり貴女には理解できないわ。早く帰って頂戴、美智さん。私が我慢しているうちに」
「帰りません。私は水さんの笑顔に見惚れていただけで、軽蔑とか畏怖を感じていたわけではありませんから」
「……何言っているの……?私は病気なのよ。『愛しいもの』は壊さずにいられないのよ。私の近くにいたらあなたは友達も、家族も、最後には貴女の命も失うことになるわ。だからあの日記帳をつけているの。どうしても『壊して』しみたくなったときに名前を書いて我慢する。貴女の名前の数を見たでしょう?もう自分を抑えきれないのよ」
「私はそれでかまいません。私は元から壊れていますから。友人も距離をおいた上辺だけの人たちしかいませんし、家族は以前の出来事以来学費と生活費を送ってくるだけでほとんどあってもいません。水さんのご所望に逆に答えられないかもしれませんよ」
笑顔で水さんに話しかけていました。不思議でした。言われていることはどう考えても道を外れていることなのに、水さんも私と同じで『普通』ではなかったことが嬉しいと思ってしまったのです。
「いいですよ。もしも私を殺したいと思うのなら殺してください。私の命はもう一度終わっています。大好きな水さんのために使えるのなら私はそれで満足です。」
「お願い……お願いだからこれ以上私に我慢させないで」
水さんは泣いていました。まるで迷子になった小学生みたいに小さくうずくまっていました。きっと、あれだけ大人びて見えた水さんの中には小さいままの水さんがずっと泣いていたんだろうとおもいました。
「もう一度言いますね。水さんの好きにしてください。私はそれがいちばん嬉しい」
俯いたまま水さんは近づいてくるとキスをしてくれました。
次の瞬間首筋が暖かくなりそれは胸のほうまで広がっていきます。この懐かしい感覚は前の出来事と同じでした。それにしても水さんはいつの間にかナイフなんか持っていたのでしょうね。じわじわと痛みが広がって、背中にも暖かい線が走りました。だんだん意識が沈んで行きます。
「ありがとう。愛し……」
水さんの声を聞きながら私の意識は沈みきってしまいました。
気がつくと私は病院のベッドの上で全身包帯まみれになりながら寝ていました。背中に走る痛みで目が覚めたみたいです。看護婦さんの話だと首・胸・背中・足・腕傷のないところのほうが少ないくらいだったそうです。それでも一つ一つの傷は浅く、首の傷から出た血のせいで意識を失ったということでした。水さんのことについて聞いてみましたが、看護婦さんはよく知らないらいようでした。
相変わらず親は見舞いに来るわけでもなく、退院のときに母親が付き添いに着ただけでした。こりもせずにまた同じようなことをした娘に対して「これ以上迷惑をかけないで頂戴」と言い残して帰っていきました。
水さんは自分で警察や、私のための救急車を呼び処理を行ったと言うことでした。私が同意をしていたこともあり、自殺幇助未遂ということで刑も軽くすぐに刑務所から出て来られるということでした。
きっと私たちはまた同じことを繰り返していくのだとおもいます。それで水さんがすくわれ、私は本当の水さんをより深く知ることができると思うからです。誰かを傷つけることでしか人を愛せない水さんと、傷つけられる事で相手を思える私。凸凹でちぐはぐな私たちは周りから理解されることはなくても、二人で幸せになれると信じています。
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あとがき。
読んでいただきありがとうございました。IMMORALいかがでしたでしょうか?
今回は、新ジャンルに挑戦です!百合ですよ百合!!!!
特に意識して百合にしたわけではないのですが、私の中での「不道徳」とは何だろう?と考えたとき
背徳的で報われない愛をテーマに書いてみようかなとふと思ったのでこのような話になりました。
ついでに、自分の中でのサブテーマは「凸凹」です。お互いにそれだけでは周りに溶け込めない二つも
両方がそろえば……。
実は今回のお話はこれだけでは終わりません。そのうち対となるお話をあげたいと思っております。
楽しみにしていただけるとありがたいなぁなんて思いますので、よろしくお願いします!
↓一言感想お願いします!
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