Lily's World [2]
〜Verge〜
「人や生き物。石や水。空気や空間。
全てあるものにしたがって表現されているだけなのよ。世界の根・世界の根源。
アカシックレコードなんて、呼ばれたりする物からね。」
紅姫さんが淡々と説明する。
『紅姫』と呼ばれている長身の美女。
足元まで伸びた紅い髪・深い空を思わせる蒼い瞳。
なのに、顔立ちは、ほっそりとした日本人という有り得ない容姿だが、何故か違和感がない。
そんな姿に見とれている間にも、紅姫さんは話しを続ける。
「世界はソレに従って出力されているだけ。そして常に世界を通して、新たに書き加えられている。
なら私たちが、好きなように書き換えることだって、書き加えることだって出来ると思わない?」
「百聞は一見にしかず。って言うしさ、ゆ…いや。愛澤にやらせてみた方がいいと思うよ。」
横から割り込んできたのは同じクラスの御堂聖君。
成績は全て学年200人中50位という、これまた有り得ないことをやってのける男の子。
制服の胸ポケットにメガネをさし、暇さえあれば制服の下に下げたmp3プレーヤーで音楽を聴いている。
しかし眼が悪いわけではないらしい。さらに不思議なのは、「アノ事件」以来気が付くと彼は何時もそばに居るのだ。
けれど話かけるわけでもなく、仲良く使用とも思っていないみたいだった。
「ひーくんは黙ってなさい!これには順序が大事なのよ。貴方だってそうだったでしょうに。」
呆れたように紅姫さん言うと、間髪入れずに御堂君が怒ったように返す。
「ったくひーくんって言うなっての!」
慣れたようにあしらって、紅姫さんが続ける。
「はいはい。私に一度でも勝てたらね。ジャンケンも勝てないようじゃまだまだよ。
それより、どう?百合絵ちゃん解るかしら?
世界に違和感を覚えたことがあるからこそ、私が『固めた時』のなかで動けたのだから。」
こんなに突拍子も無いことを言われているのに、何故かおかしいと感じない。
「はい。わかります。」
答えると、姫が頭を撫でながら褒めてくれた。
「いい娘ね。なら説明を続けましょう。世界が書き換えられる事は解ったわね?
なら次はどうやって書き換えかについて話すわ。
根は人によって感じかたが違うの。
私の場合は見渡す限りの甃(いしだたみ)に、絵であったり文字であったりが並んでいる感じかしら。
うまいこと口では説明出来ないのよね。その人の感覚の問題なのよ。
ひー君は、『ぱそこんのでーたべーす』とか言っていたわよね?
私はあの箱を使った事ないから、よくわからないのだけれど。」
「そうだね。僕が感じたのはデータベースに近かったな。書き換えるのもデータを入力している感覚に似ているし。」
「ちなみに、私はそんなまわりくどいことしなくても、求めれば勝手に書き換えられていくわ。」
また御堂君をからかうように紅姫さんがいう。
「そんなの、姫だけだってば。」
さすがに、このやり取りには、ついていけなかった。
感覚の問題と言っていたのでこればっかりはしょうがないのかもしれない。
「どうやればいいんですか?紅姫さん」
「あら。他人行儀ね〜むずがゆくなっちゃうわ。・・・そうね、じゃあ私のことは『姉様』ってよんで頂戴。
自分で、様付けで呼ぶように言うなんて変な話しだけれど。私も百合ってよんでいいかしら?」
何故か苦笑を漏らしながら姉様が言った。御堂君も苦笑しているのを見ると、何か意味があるのだろう。
「わかりました姉様。素敵なお姉ちゃんができたみたいで、なんだか嬉しいです。」
ちょっと驚いたが、正直に答えてみた。
「ありがとう百合。さて、本題にもどるわ。」
一瞬寂しそうな顔を姉様はしたが、直ぐにまた説明を始める。
「書き換える方法だけれど、これも中々口で説明するのは難しいのよ。
そうね…何でもいいわ、漠然と『世界』をイメージ出来る物を思い浮かべて頂戴。
世界地図でも、地球でも、宇宙でもなんでもいいわ。」
言われて眼を閉じ、今世界で起こっているだろうことが描かれている『絵』を想像した。
「そのままソコに飛込む自分を思い浮かべてみなさい。そうすれば自ずと見えてくるはずよ。」
途中から姉様の声は聞こえなくなっていた。
だんだんまどろんで行く様な感覚に襲われ、突然覚醒する感覚と一緒に目の前に大きな『スケッチブック』のような物が現れた。
さっき一瞬だけ見えたアレと同じもの。
自然とページがめくりあがっていく。ソレには様々な情景が描かれているようだった。
ソレに触れてみようと手を伸ばすのだが、どうしてもソレに近づけない。
あきらめて瞼をあげると目の前には姉様の姿があった。
「どうだった?根にはたどり着けたかしら?」
姉様に問われ、今の不思議な感覚に浸る間もなく答える。
「あれがそうなのかな・・・大きなスケッチブック見たいな物がみえました。
中が見てみようと思って、近づこうとしてみたけれど駄目で・・・」
「まぁ。たったこれだけの説明でたどり着けたなんて。さすが百合ね。触れられなかったのはしょうがないわ。
世界を書き換えるには『鍵』がいるの。
そうでなければ好き勝手に書き換えられてしまうでしょう?そうならない為の、根の防御機能だと思えばいいわ。」
「でもそれなら、私にはできないのでは・・・?」
「いいえ。百合が出来ないと思い込んでいるだけ、決して出来ないことなど無いの。
さっきの話と矛盾しているようだけど、決してそんなことはない。あとは百合次第ということよ。
具体的な方がわかりやすいわね。手を広げて、その上で火を燃やしてみるの、こんな風にね。」
すると姉様の手のひらの上に優しい色の炎が燃え上がった。
橙色をした優しい炎。
「手をかざしてみなさい。熱くなんてないから。炎の『存在』が『熱い』のではない、炎が熱いと思うから『熱い』のよ。」
言われて恐る恐る手を出してみた・・・けれど全く熱くなく、見た目通り優しい暖かさを持っていた。
「すごい・・・本当に熱くない。」
「前も言ったけれど、それが解るならできるはずよ。解らない子が触れたら手が焼けるもの。」
なんだかサラッと凄い事を言ったけれど、なぜだか姉様らしい。
「やってみます!」
自分にいいきかせる様に言うと、さっきと同じ様に目を閉じた。
今度は目を閉じた瞬間に『スケッチブック』が目の前にあらわれる。
「書き換える」という意思を持って、近付くと自然とソレは手元に移動してくる。
『カチッ』
何かが外れる音とともにスケッチブックがめくれ、真っ白なページが開かれる。
そしてソレに自分の手のひらに炎が浮かぶ様子を描きこんでいく。
目を開くと確かに私の手の上には炎が浮かんでいた。姉様ほど力強くはないけれど、優しい炎。
「上出来よ!火に関する『鍵』は人間と相性が良いのよね。火を道具として使えるのは人だけだと言われているし。
それにしても、百合みたいに一発でできる子は多くないのよ。私の弟子として申し分ないわね。
ひーくんもこの位覚えが早ければいいのだけれど。ねー?」
姉様は満足そうに、そして御堂君にわざと嫌らしく言った。だけど、当の御堂くんはというと…。
「ね…寝てますよ。」
壁にもたれて、イヤホンを付けて眠っていた。
「まぁ何時ものことよ。自分が蚊帳の外だと、すぐ寝ちゃうんだから…まったく。
呆れ顔で、姉様が言う。そういえば授業中は何時も寝ていたっけ、御堂君。
「『鍵』については追々分かるようになると思うわ。自分の所有する『鍵』もね。さて、
なにかここまでで質問はある?一気にやってしまったから、解らないこともあるでしょう。」
「はい、何個か。『鍵』が有ることは解ったのですけれど、
もしその『鍵』に『私』を書き換えるものがあったら、私を書き換えることもできるのですか?
姉様は紅い髪に、蒼い瞳なんて姿をしているし。」
姉様を見た時から疑問に思っていた事を聞いてみる。
「ええ、出来るわよ。私だって元は黒髪に黒い瞳だったわ。今は事情があってこんな姿だけれど。」
「でもそれって、人を自分の思い通りに出来てしまうなら・・・もし出来てしまったらとても怖い事ではないですか?」
「えぇ。だから人は人に関する『鍵』は中々手に入らない。
個々に近いもの同士は制限がかかるし、無意識のうちに自分のことを守っているから。
誰だって、自分を変な姿にされたくはないでしょ?」
それを聞いて少しホッとした。
「そうなんですね。よかった少し安心しました。」
「コレが怖いと思える事は大切よ。百合ちゃんは優しい子ね。」
笑顔で言う姉様の声には安心したような雰囲気が漂っている。
「あともう一つ。今までの話を聞いていると、まるで人間以外にも書き換える事が出来るものが居るのですか?」
姉様は『人は・人間は』と言っていた。
普通なら聞き流してしまうくらい些細なこと。しかし、私はその部分がすごく引っかかったのだった。
「全く・・・相変わらずね、その洞察力は。ええそうよ。生き物なら全て・・・いいえ。
この世に存在する全てのものにこの能力は備わっている。皆この事に気付かずにすごしているだけ。
この能力を行使できるものを『リライター』なんて呼ぶわ。
私は昔から『陰陽師』なんて呼ばれていたけれどね。どっかのアメリカ人がそれで統一しようとか言ったらしいわよ。
別に呼び名なんて何でもいいわよね。」
「クスッ。」
姉様らしい意見で思わず笑みがこぼれた。
「あら、ごめんなさいね。話題がずれてしまったわね。
で、そんな中には今の人間が多すぎる世界が気に食わない奴もいるのよ。そんな連中を抑えているのが私達ってわけ。
まぁ私の場合は個人的な恨みでしかないけれど・・・。」
姉さまの普段は見せないような悲しげな表情が、なぜかたまらなく辛かった。
つづく。
↓一言感想お願いします!
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